So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

『目からウロコ』(月光仮面等) [日本人]

先週BSTVの武田鉄矢の番組で、”月光仮面”の特番をやっていました。

私の世代にとって、テレビの創成期の少年向けTVドラマ、ヒーローものはムチャクチャ懐かしく甘酸っぱい思い出です。

楽しく拝見いたしました。



ふとある事に思い当たり、『目からウロコ』の思いがいたしました。

半世紀ぶりに明らか?になった事実?、でした。



何を隠そう、私はモーターサイクルが大好きでした。

16歳の誕生日に単車の免許を取りに行き、以後43歳までオートバイを友として乗り回してきました。

その私の”単車好き”のルーツは、”月光仮面”であり、”少年ジェット”であり、”まぼろし探偵”・・・だったのではないかと思い当たりました。


当時オートバイは、豊かになったその後の時代の少年たちの『スーパーカー』に相当する、カッコ良さの代表だったような気がします。


それを自在に乗り回せる"少年ヒーロー"たち・・・・




オートバイどころか、車さえ今の若者には人気が無い。


3DSだのテレビゲームだのが、どこが面白いのか私には全く分からない。

良い時代に生まれて、私は幸せだったのかも。



俯瞰すれば、もう”絶滅危惧種”です。







nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:テレビ

ボランティアは一日にして成らず [日本人]

興味を持つ人が多い為でしょうか、『スーパーボランティア』尾畠春夫さんの報道や、コラムが目につきます。

何百人もの警察菅が丸2日探して見つからなかった行方不明児を、たった1時間で見つけた神業。

まさに”スーパー“ですが、これらの記事を読むと納得いたします。

”スーパーボランティアは一日にして成らず”、という事でした。


余人には、我々団塊世代以降の、裕福な時代に育った甘ったれどもにはマネできない。


尾畠さんのような市井のヒーロー、できれば宮内庁とか、表彰してもらいたい気がします。



「かけた情けは水に流せ。受けた恩は石に刻め」・・・・好い言葉ですね。


尾畠さんのような人物が沢山いたら、日本はもっと良い国に変われるのかなんて、フト思ってしまいました。



スーパーボランティア・尾畠春夫さんが語った「壮絶なる我が人生」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180824-00057170-gendaibiz-bus_all&p=1




酒も飲まず、貯金もゼロ…スーパーボランティア尾畠春夫さんの生き様


https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57178



(上記URLの本文ですが、内容が濃く長いので転載できません。すみません、閲覧する方はお早めにどうぞ)


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

読めない人 [日本人]

下のURL、(やっぱり、私だけではなかったのかと)気になったコラムです。


身の回りに思い当たること(人)が、結構あります。

また私としては、"文章を書けない人"なんてのもアリのような気がします。

諸兄方々、あなた様の身辺は如何でしょうか?

情緒的な日本語の持つ曖昧さは、文章にしろ言葉にしろ、極端に云えば「どうとでも取れる」。

本文中にもありますが、『英語などに較べれば』ということです。

明確で論理的な表現が必須である論文や法律分などには、あまり向かないように思います。

世の中グローバル傾向が進み、言語の互換性が重要なのですが、日本語はちょっと独特なために、ビジネス的には意思の疎通に難があり、共通・同一の認識に至るのは簡単ではありません。


まぁ、いずれ日本人の意識の変換と共に、日本語も変わっていくでしょう。

時が解決するのではないでしょうか。


その記事です。

日本の生産性を引き下げている「文章を読めない人」



http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53224?page=2


(以下、コピー致しました)

「文字は分かるが文章を理解できない人が増えているのではないか?」というテーマがネットで話題になっている。明確な統計がないので推測にならざるを得ないのだが、これは古くて新しい問題と考えられる。昔から読解力に欠ける人が一定数存在していたものの、ネット社会の到来で一気に可視化された可能性が高い。


こうしたことが話題になると、すぐに学力云々という議論になりがちなのだが、読解力の問題は単純に学力向上だけで解決できるとは限らない。いわゆる偏差値が高い大学の出身者の中にも、文章を理解する力が不足している人が多数、存在している可能性があるからだ。



業務上のメールも実はきちんと読めていない?


先日、ネット上のまとめサイトに文章の読解力に関する記事が投稿された。「今週は暑かったのでうちの会社はサンダル出勤もOKだった」というツイッターのつぶやきに対して「何故今週だけはOKなんだ?」「サンダル無い人は来るなって?」「暑いならともかく基本はNGだろ」といった反応が一定数返ってくるという内容だ。


こうした反応を返してくる人は、「サンダル出勤がOK」というキーワードだけが目に入っていた可能性が高く、前後の文脈は考慮していなかったと考えられる。


昔からそうだが、ニュースサイトのコメント欄を見ても、明らかに文章を読んでいない人のコメントや、1つのキーワードだけに反応し、文脈をまったく無視したコメントが無数にアップされている。文章を読んでいない、あるいは読めていない人が一定数存在しているのは間違いない。


ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、ツイッターでの“クソリプ”(どうしようもない返信を意味するネット上のスラング)の原因は大半が読解力の不足によるものではないかと指摘している。


もっともツイッターは、瞬間的に反応して返信するという役割を持ったツールでもあり、勘違いによる返信が一定数存在することはやむを得ないことかもしれない。しかしながら、文章が読めていないという指摘はこれ以外にも存在している。


投資銀行家で「ぐっちーさん」の愛称でも知られる山口正洋氏は、ビジネス上のメールの内容をきちんと読めていない人が多いと自身のコラムで指摘している。内容があいまいなまま物事が進むので、実際に会って内容を再確認しなければならず、これが日本の生産性を引き下げているという。


この話は、筆者にも思い当たるフシがある。筆者は10年以上、コンサルティング会社を経営してきた経験を持っているが、確かに一部のビジネスパーソンは、業務上のやり取りについて内容を十分に把握できていなかった。こうした状態を放置すると経営に支障を来すため、筆者は、可能な限り箇条書きにする、要件ごとにメールを分ける、確認のメールを送るといった対策を施していた。  ちなみに、メールをやり取りしている相手というのは、いわゆる高学歴な人物ばかりであり、基礎学力という点ではトップクラスに属している。少なくとも、現時点において学力が高いからといって、読解力も相応に身につけているとは限らないということになる。  たかがメールのやり取りではあるが、山口氏が指摘しているように、これが社会全体の生産性を引き下げているのだとすると由々しき問題である。





日本でテレワークが進まない理由


文章の読解力がどのように確立するのかというのは、実は非常に奥が深いテーマで、簡単に答えが出せるものではない。単純に文章を読むテクニックに依存する部分もあるだろうし、論理性の有無といった思考回路の問題も関係してくるはずだ。  これに加えてメンタルな影響も無視できない。感情が先に立ってしまうと、自分の感情やイメージに沿ったキーワードだけを無意識的に抽出し、まったく異なる結論を導き出してしまうことがよくあるからだ。

言語によって、脳内における情報処理のアルゴリズムが異なるという研究事例もあり、そうなってくると、他の言語圏との比較も必要になってしまう(ちなみに山口氏は米国人とのやり取りではそうした行き違いは生じにくいとも主張している)。  ここまでくるとテーマが壮大になりすぎてしまうのだが、実務的には2つのアプローチがあると筆者は考えている。  1つは可能な限り、口頭ではなく文書でのコミュニケーションを実施するよう心がけ、このやり方に社会全体として慣れていくというもの。もう1つは、表現や表記の方法を体系化し、可能な限り分かりやすくするというものである。



日本では以前からテレワークなど遠隔で勤務できる環境整備が必要と指摘されてきたが、一向に導入は進んでいない。その理由は技術的なものではなく、メンタルなものである可能性が高い。  日本の職場では、業務の指示や責任の範囲が不明瞭なことが多く、チーム全員が顔を合わせて、状況を逐一確認していかないと仕事が進まない。確かに、表情やしぐさなど、ビジュアルな情報があれば、言語が不明瞭でも意思の疎通は可能だろう。しかし、こうしたスタイルにばかり慣れてしまうと、文書を読み書きする能力が高まらないのは当然である。

働き方改革が社会全体の課題になっていることも考え合わせると、業務の指示や責任の範囲を文書で明文化する努力が必要なのは明らかであり、これを実践すれば、文章の読解力は確実に向上する。

情報の整理、表現の工夫でも改善は可能



こうした試みとは表裏一体の関係だが、多くの人に明瞭に意図を伝えるためのテクニックも必要だろう。筆者は職業柄、日米の経済統計をWebサイトで閲覧することが多いのだが、両国のWebサイトには驚くべき差がある。  米国のサイトの方が英語という外国語であるにもかかわらず、内容が直感的に理解できるのだ(参考までに、筆者は外国に住んだ経験はなく、ごく一般的な英語力しかないので、英語の基礎力が高いことで内容が容易に理解できているわけではない)。  日本のサイトは、統計データと関連するおびただしい注記事項が羅列してあるだけというケースが多く、情報が整理されていない。様々な立場の人が読むことをまったく想定していないのだ(あるいは想定していても、体系立てて表記できないのかもしれない)。



困ったことに、こうした分かりにくい情報に対して改善の要求が出されるのではなく、詳細を知っている人が、分かりにくさを利用して、分からない人に対して優越的な立場に立つという、本末転倒な現象も散見される。あなたの職場にも、分かりにくい情報しか提示できないにもかかわらず、「こんなことも知らないのか」と悦に入る同僚がいないだろうか。  多くの人にとって分かりにくい情報しか出せない人は、マイナス評価になるという土壌が出来上がれば、読解力不足の問題もある程度、緩和できるだろう。  分かりやすい表現を重視すると、薄っぺらい議論になってしまうとの批判もあるが、筆者はそうは思わない。



難しい話を難しく説明することなど、専門家であれば誰でもできる。現代社会はオープン化が進んでおり、異なる分野の知見をうまくミックスしていかなければ新しいビジネス領域を開拓することはできない。専門的な内容を専門外の人に適切に説明する能力に欠ける人は、むしろ専門家としての能力が不足していると評価するぐらいの意識改革が必要である。  こうした実務的な改善を積み重ねて行けば、教育プログラムによって読解力を向上させるといった大きな枠組みを構築しなくても、たいていの問題は解決するはずだ。









nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:仕事

麻生さんはリトマス試験紙 [日本人]

"問題発言大魔王"の麻生さんです。


その発言の数々、私なんぞは、「同感」だけど、ちょっと今の世じゃ受け入れられないんじゃないと感じます。

相撲で云えば、私は云わば土俵際世代で、まだ回り込める可能性もある。


勿論若い世代には、『何言ってんだ、このジジィ!』と怒りの対象かも。

阿炎のように、元気溌剌だが進路が定まっていない。


私より上の世代だと、『えッ、何で悪いの?正論でしょ?』と思う方も多いでしょう。

この人たちはもう徳俵で、あとは無い。

しかしもともと、この種は『絶滅危惧種』と云うか、あと20年もすれば絶えてしまうのです。



麻生発言の感じ取り方の、分水嶺はたぶん40代でしょうか。

麻生発言は、昔の価値観をどれだけ引きずっているかチェックする、リトマス試験紙のようです。


賛成(酸性)じゃ、レッドカード(赤い紙)となる現代です。










nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

『J.K』に、ニラまれた [日本人]

ジョグしていた時、前から制服高校生の自転車の列がチラホラやってきた。

午前10時頃だから、登校時間帯ではない。


男子は両手放しや片手放し運転。

女子は横並びでおしゃべりしながら運転。

そして、スマホいじりながら運転。

狭い道だから、こちらとしてはすれ違いは結構怖い。


そのうち、あるJ.K、スマホに夢中になっていて、明らかにスマホしか見ていない。

そいつを注視していたら、逆に思いっきり睨(にら)まれてしまった。

(お~。こわ)

ジジィとして憤(いきどお)るが、相手は子供。


しかし、世も末だ。


古いヤツでございますが・・・・親の顔が見てみたい。










nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

定年後も働く日本人 [日本人]

年収は半減しても働く?60歳定年後も働く人たちの現状



https://www.msn.com/ja-jp/money/personalfinance/%ef%bc%9f/ar-AAwm5AE?ocid=mailsignout#page=2




身内の中に、ここ数年内に、60歳定年を迎えた人が数人います。

私のようなロクデナシと違い、有名大学卒で一流企業に就職し勤め上げた人たちです。

そんな連中でさえ、定年後も会社に残る、或いはよそへ再就職する。

上の記事によれば、それが今の日本では多数派のようであります。


日本人の勤勉さとか精神構造とか、諸事情による理由は様々でしょうが、少なくとも『先進国』というカテゴリーでは、多数派では無いように思うのであります。

適切な表現ではないかもしれないが、日本は「遅れてる」。


この風潮は、あと40年ほどして、日本国民の人口が7千万人ほどになったら、"瓢箪から駒"で好転するかも。


もっとも私の場合は"死ぬまで働く"と、とっくに決めています。


ノーチョイスの人生です。







nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:仕事

エースで4番の夢 [日本人]

メジャー開幕して、大谷選手の活躍が止まらない。

日本人としては嬉しい限りです。

プロ野球選手のほとんどは、子供の頃"エースで4番"です。

高校生になると、だいたいが野手かピッチャーか選ぶことになってしまう。

"エースで4番”を続けられる選手は少ない。

ましてプロの世界は厳しく、"エースで4番"はまずない。


しかし、ほとんどの野球選手自身は、子供のころからの"エースで4番”が『夢』なんだと思う。

大谷選手は、その夢をメジャーリーグで実現しようとしている。



メジャーでのキャリアはまだ始まったばかりで、先の事は判らない。

マークがキツクなり、研究もされる。


今の活躍が今後も続くと予想するのは、楽観的過ぎる。

だからこそ、応援したくなる。

痛快だ。






nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

わび・さび・サクラ [日本人]

今日明日の寒気で、桜は少し遅れるらしいです。

こんな(↓)記事がありました。

英語に興味が無いと、途中で嫌になっちゃいそうですが、これからの世の中、外国人の感性を慮り、且つ日本人として主張することはした方が良いでしょう。


サクラに熱狂する日本人は外国人にはナゾだ 日本的な美意識を英語で説明できますか?


https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%ef%bc%9f/ar-BBKrXHA?ocid=spartandhp#page=2




まぁしかし私にしても、桜に特別な意識を感じ出したのは、ある程度年齢がいってからであります。

たぶん海外に出てからで、大袈裟に言えば、日本人のDNAに目覚めたのかも知れませんね。

理屈ではなく、桜の花は心に響きます。


(以下は記事全文)

3月に入ってからサクラの様子が気になって、ひそかに日本気象株式会社の開花予想をチェックしていたのですが、8日の発表では、なんと東京で過去最速の15日に開花の予想。22日には満開になるというではないですか! ちょっとびっくりして、隣に座っているイギリス人の同僚ジョンに「今年の花見は早めにしないとダメかもなあ。ジョンも一緒に花見に行かない?」と誘うと、ちょっと冷めた表情で「なんで日本人はそんなにサクラが好きなの?」と聞かれてしまいました。


ソメイヨシノが同時に咲くのは…

そういえば、日本人のサクラ好きについて書かれた英語の新聞記事を学生時代に読んだことがあります。どこで読んだのか覚えていませんが、「外国人には日本人が過剰にサクラに夢中になる様子がとても奇妙に映る」というようなトーンで書かれていた気がします。日本人がサクラに熱狂する理由の1つとして挙げられていたのが、サクラそのものの美しさでした。

「日本にあるサクラのほとんどがソメイヨシノで、その品の良いほんのりとした薄いピンクの花が、日本人の謙虚さに合っている。しかも同地域にあるソメイヨシノがほぼすべて同時に咲くという奇跡は、ソメイヨシノが接ぎ木で全国に広がって同じDNAを有しているからだ。一気に何十本ものサクラが満開になる様子は幻想的で、その美しさが日本人をとりこにする」といった形で紹介されていました。

「薄いピンクが日本人に合っている」のくだりはこじつけ感がぬぐえませんが、ジョンに記事のことを伝えると

Were they all grafted? (全部接ぎ木なの?)
とジョンが聞いてきました。そこがポイントではないのですが……。でも、これは筆者もその記事を読むまでは知りませんでした。

The article said the Yoshino cherry tree cannot be grown from a seed. (その記事によると、ソメイヨシノは種からは育てられないらしいよ)
Why not? (なんで?) と言われたのですが、そんなこと筆者にはわかりません。記事に書いてありませんでしたから。「自分で調べて」と言うと No, that’s fine. (別にいいよ)ですって。


「わび」と「さび」

でも、その記事でいちばん印象に残っているのは、2つ目の理由。「短命サクラの花が1~2週間で散ってしまう様子が、日本文化の『わび』『さび』に通じるから」というものでした。

日本に住んでいるから、当然「わび」「さび」は知っているだろうと横着して、訳さずにそのままwabi-sabiとジョンに言ったら

What’s “wabi-sabi”? (「わび」「さび」って何?)

とすかさず尋ねられてしまいました。うーん、実は筆者もぼんやりとしかわからないのだけれど……。

昔、英会話の教師になったばかりのころ、先輩教師に「ただ英語が話せるだけじゃなくて、日本や日本人に特有のものは英語で説明できるようになったほうがいい」と勉強会でしごかれたことがありました。訳しづらい日本的なものは「英語でなんて言うんですか」と、よく生徒に聞かれるというのが理由でした。


そのときに「わび」「さび」の説明を練習させられたのを思い出しました。いろいろ詳しい説明もあったのですが、もう20年以上も前のこと。いまでもかろうじて覚えているのは

Wabi is to find and enjoy richness in poverty and beauty in simplicity. (「わび」というのは、不足の中に充足感を、質素さの中に美を見いだして楽しむこと)

という文くらいでした。とりあえず、この暗記文をジョンに向かって唱えると、「さっぱり意味がわからない」と失笑されてしまいました。悔しいので、Maybe it’s too philosophical for you to understand.(キミには哲学的すぎて理解できないだろうね)と負け惜しみを言ったら、What’s sabi then?(じゃあ、「さび」は?)と畳みかけられました。

Sabi is beauty in oldness.(「さび」というのは、古さの中の美)
と言うと、「ああ、日本も歴史が古いから、昔のものを大切にするよね。古いものが美しいかどうかは、ボクにはわからないけどね」とうなずいていました。どうやら「さび」のほうは、なんとなく伝わった様子。イギリスも、古いものに価値を見いだす文化ですもんね。

ところが、「それで『わび』『さび』とサクラは何の関係があるの?」と困惑した様子のジョン。「サクラの木が古いときれいだということ?」とちょっとズレた解釈をしています。なるほど、もう少し説明しないと伝わらないか……。

Things seem all the more beautiful since they all die, disappear or change.(死んだり、なくなったり、変わったりするからこそ、ものはさらに美しく見えるんだよ)
つまり、「『さび』というのは、古いものだけでなく、何かが古くなっていく過程、朽ちていく過程にある美も含むから、サクラの散る姿も美しいと日本人は感じるってこと」と話すと、ジョンは納得してくれました。



サクラの表現いろいろ

一気に満開になって、あっという間に散っていくはかないサクラの姿は、日本人独特の美意識に合っているのかもしれませんね。ちなみに、サクラが「満開」というのは英語でどんなふうに表現するのか、知っていますか? サクラの花は

cherry blossom (サクラの花)
というのが一般的です。cherryにはサクランボという意味もありますので、「サクランボの花」ということですよね。cherry tree blossom (サクランボの木の花)でも通じるでしょう。もちろん、サクランボには観賞用の品種(つまりサクラ)と、食用の品種(いわゆるサクランボ)がありますので、われわれが思う「サクラ」というのは、食用の「サクランボ」の木とは異なるものです。でも、英語では区別をしませんのでこんな言い方になってしまうのです。

食用のサクランボの木ではなく、「サクラ」の木を指すというのを英語で明確に示すときには、花のほうを強調するためにcherry blossom treeと「サクラの花の木」なんて言うこともあります。満開というのはbe in full bloomを使いますので

The cherry blossoms in Tokyo are now in full bloom.(東京のサクラは、いま満開です)
と表現することができます。3分咲き、5分咲きのような表現は英語ではしませんので、むりやり訳すよりも、段階に分けてなんとなく説明するのが自然だと思います。

3分咲き → The cherry blossoms are starting to bloom.(サクラの花が咲き始めています) 5分咲き → The cherry blossoms are in half bloom.(サクラの花が半分咲いています) 7~8分咲き → The cherry blossoms are almost in full bloom.(サクラの花がほとんど満開です)



サクラの開花予想や、桜前線は新聞では
the cherry blossom forecast (サクラの開花予想)
the cherry blossom front (桜前線)
と表現されます。皆さんもぜひ、3月中は英字新聞や英語のニュースでサクラを取り上げているものに注目してみてください。

花見を英語で言うと?

すっかり話がそれてしまいましたが、もともとはジョンに花見の話をしたのがきっかけでした。花見や花見スポットを英語で言うときにはviewという単語を使います。

a cherry blossom viewing party(花見)

a cherry blossom viewing spot(花見スポット)

ジョンにHave you ever been at a cherry blossom viewing party?(花見に行ったことある?)と聞くと、首を振っていました。「今年は春分の日あたりに花見ができそうだから、皆も誘って花見をしようよ。ジョンも花見デビューしようぜ!」と言うと、特にうれしそうでもなくOkay.(やってもいいよ)と気のない返事。

さっそく、同僚たちにも声をかけて、飲食物の買い出しや場所の打ち合わせを始めると、ジョンがボソッと「せっかくだからバーベキューにしようよ」と提案。なんだ、ずいぶん乗り気じゃないですか。でも、バーベキューできる花見スポットなんてあったかなぁ……。すると、日本人の同僚ジロウさんが
Dumplings rather than blossoms! (花より団子だね!)
と言うと、そこにいた皆が爆笑。ジョンがけげんな顔でWhat’s that supposed to mean?(どういう意味だよ?)と聞くと、大笑いしているアメリカ人のジョーに

It means you are more interested in the food and drinks than the cherry blossoms at a cherry blossom viewing party! (花見で、サクラよりも食べ物や飲み物のほうに関心があるってことだよ!)
と背中をたたかれていました。バツが悪そうな顔をしながら、Well, isn’t everybody?(でも、皆そうじゃないのか?)と開き直るジョンでした。John, it’s going to be a good opportunity for you to experience wabi-sabi… (ジョン、「わび」「さび」を実体験するいい機会になりそうだね……)。






nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

大谷選手のゴール [日本人]

メディアってのは、興味本位(野次馬的)に人を持ち上げたり、こき下ろしたり、足を引っ張るのが仕事?の一部のようです。


先刻承知ですが、エンジェルスに行った大谷選手が試合に出るたび、メディアは勝手なことを云いますね。

最初の試合に出た後で、ある人ーーー黒人のすでに引退したメジャーの名選手らしいーーーがコメントしたそうです。

『どういうスタートを切ったかじゃなく、肝心なのは、どうフィニッシュしたかだ』

人の評価にとって、大切なことをズバッと言い当てました。



このベテランのように、日本のメディアは外野で騒ぐよりも、大谷選手を見守って欲しいものです。

海外の本場に飛び込んで、"二刀流"というまさに"夢"のようなことにチャレンジしている、何十年に一人の日本の逸材です。


日本のメディアが応援しなくて、どうするの!

ベースボールの"エンジェル"が大谷に微笑むのか?・・・・私はワクワクしています。

これはたぶん"野茂の挑戦"以来の事ですよ。


云わせていただければ、海外に出てチャレンジした『仲間』の端くれとして、私は応援します。








nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

日本のオジサンは孤独!? [日本人]

以下は昨日のネット情報ですが、先進諸国と比較すれば、そういう事はあるように思います。

これは、日本の課題のひとつかもしれませんが、アホな私には分かりません。

戦後に日本人が払った対価のひとつのようにも思えますけど、歴史から俯瞰すれば、一時期の歪みではないでしょうか。

私は、これは本来の日本民族の特性ではないと考えますが・・・・



"人間は社会的動物である"----これは50年以上前に中学校で習いまして、私でも今も頭には入っています。





なぜ日本のおじさんは「世界一孤独」なのか?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180308-00006460-bunshun-soci&p=1


(内容は以下)


最新版・世界各国の「繁栄指数」を見てみると、社会や地域における人々の信頼関係や結びつきを表す「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」のランキングで、日本は全世界149カ国中、101位。先進国の中では最低だといいます。なかでも深刻な状態にあるのが中高年の男性。コミュニケーション戦略の専門家で、 『世界一孤独な日本のオジサン』 (角川新書)の著者である岡本純子氏が衝撃的なデータとともに、日本のおじさんたちが「孤独」に陥っている理由と健康へのリスクを解説します。



孤独な人は、早死リスクが50%高くなる 「中高年の男性にとって最大の脅威は喫煙でも肥満でもない。それは孤独だ」(ボストン・グローブ紙)、「慢性的な孤独は現代の伝染病」(フォーチュン誌)――。海外では、「孤独」は健康に甚大な影響を与える最大のリスクである、という認識が急速に広がっている。



その根拠となっているのが、近年、欧米で明らかになった数多くの学術的研究だ。約30万人以上のデータを対象としたアメリカの調査では、「孤独な人は、人的つながりを持つ人に比べて早死リスクが50%高くなる」という結果が出た。また、「孤独」の死亡リスクに対する影響は(1)一日にタバコ15本を吸うことに匹敵、(2) アルコール依存症であることに匹敵、(3) 運動をしないことよりも大きい、(4) 肥満の2倍大きい、と結論づけられた。孤独は心臓病や認知症など多くの疾患のリスクを高めることもわかっている。



昨年10月には、アメリカ連邦政府の前公衆衛生局長官、ビベック・マーシー氏が「孤独は深刻化する伝染病」であり「病気になる人々の共通した病理(病気の原因)は心臓病でも、糖尿病でもない。孤独だった」という論文を発表し、話題を集めた。2018年1月17日には、イギリス政府が、「孤独担当相」を新たに任命すると発表して、世間を驚かせたが、これは、この切実な問題に国を挙げて取り組むべき、という危機意識の表れだった。



日本は世界に冠たる孤独大国になりつつある  こうした流れと逆行するように、日本では、「孤独のすすめ」「おひとりさま」「ぼっち」などと、「孤独」を美化し、奨励する考え方が人気を集めているが、実はその裏で、日本は世界に冠たる孤独大国になりつつある。国際機関OECD(経済協力開発機構)の調査(2005年)によれば、友人、同僚、その他コミュニティの人と「ほとんど付き合わない人」の比率は15.3%と平均(6.7%)の2倍以上、加盟国中トップだった。オランダの2.0%、アメリカの3.1%、ドイツの3.5%などに比べると差は歴然だ。未婚率や一人暮らしの家庭も増加している。


「孤独に耐えろ」は「水を飲まずに我慢しろ」と同じくらい残酷 「孤独」とはそもそも、「頼りになる人や心の通じ合う人がなく、ひとりぼっちで、さびしいこと(さま)」を指す。「孤」は「みなしご」を意味し、誰にも頼れず、精神的に「孤立」し、苦痛を覚えるというネガティブな主観だ。一方で、日本では、「独りで独自」の時間を過ごし、楽しむことをも「孤独」ととらえられている。英語では、ポジティブな意味合いの「Solitude」(個人が能動的・自発的に一人を楽しむこと)と、ネガティブな「Loneliness」(自らの意思に反して、疎外感や孤立感を味わうこと)とに分かれているが、日本語では、「個独」という「良いこどく」と、「孤独」という「悪いこどく」がひとくくりになり、結果として、「孤独」が美化されているきらいがあるように感じる。


人間は本来、自らの生存のために、何より、他者との結びつきを必要とする「社会的動物」だ。敵を倒すために共に戦う。食べ物を共に確保し、分け合う。孤立はすなわち「死」を意味していた。「孤独」は、のどの渇きや空腹、身体的な痛みと同じ脳の回路によって処理され、同等、もしくはそれ以上の苦痛をもたらす。そのつらさを避けようと、水を飲んだり、食べ物を口にするように、孤独な人も「苦痛」から逃れるために、自らつながりを求める。これが人を孤独から遠ざける、本能的なディフェンスメカニズム(防御機能)の基本的な仕組みだ。つまり、孤独な人に「孤独に耐えろ」というのは、水を求める人に「水を飲まずに我慢しろ」というぐらいに残酷なことでもある。しかし、我慢強さが美徳の日本では「孤独」という気持ちにフタをして、それに耐えるべきだという精神論がまかり通っている。


日本は「ソーシャル・キャピタル」が先進国最低の101位  孤独には「コミュニティ」と「コミュニケーション」の欠如という二大要因がある。前者の観点で見ると、「地縁」「血縁」という昔からのセーフティーネットが都市化や核家族化などで消滅しつつある中、それに代わる「コミュニティ」が欠落しているのが日本社会の大きな問題だ。家族以外のネットワークやコミュニティ、ボランティアや地域活動への参加などといった社会や地域における人々の信頼関係や結びつきを表す「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」が極端に低いのだ。イギリスのレガタム研究所の2017年版のランキングによると、日本は全世界149カ国中、101位。先進国中では最低で、ルワンダ、イラン、ニカラグア、ザンビア、ガーナなどを下回った。日本はほかの指標、例えば「健康」や「安全性」などでは高い数値を獲得しているが、この「ソーシャル・キャピタル」だけが突出して低い。 「仕事が、生きがいなわけではない」。そう思っていても  全国民の問題となりつつある孤独だが、特に事態が深刻なのが、中高年の男性だ。



前述のOECDの調査では、「友人や同僚もしくはほかの人々と時間を過ごすことのない人」の割合は日本の男性が16.7%と21カ国の男性中、最も高かった。平均値の3倍に近く、スウェーデン人男性の約1%、アメリカ人男性の約4%などと比べても突出した水準だ。


その背景には、日本の特殊な労働文化がある。長時間労働の中で、友人や趣味などを作る暇もなく、汗水たらして働き、気がつくと退職の日を迎えるという人も少なくない。今や就業人口の約9割が「サラリーマン」。散々、「やりがい」を搾取された挙句に、定年で会社システムから「強制退去」という憂き目にあう。転職することもなく、一生、同じ会社に働き続けることの多い日本のオジサン。40年近くも引っ越しもせず、住み慣れた「家」を追い出される恐怖感・絶望感は、例えようのないものだろう。



「仕事が、生きがいなわけではない」。そう思っていても、やりがいや仲間、居場所を提供してくれていた職場を失い、「認められない」「必要とされていない」といった思いにとらわれる。まるで、自分が「透明人間」になってしまったような寂しさと満たされぬ承認欲求を抱えた「不機嫌なオジサン」が増えていく。都内の精神科医は「サラリーマン男性の場合、退職して、肩書きを失うと、何者でもなくなってしまう。家庭内でも外のコミュニティでも居場所が見出せず、気がつけば趣味もなく、被害者的になり、何でも他人のせいにするような歪んだ精神構造になる」と指摘する。


もう一つ、「男性の孤独」の裏にあるのが、「男のプライド」という厄介な代物だ。特に、終身雇用、年功序列制度という「タテ社会」の中で、上意下達の「ポジショントーク」を40年間続けると、フラットな立ち位置で胸襟を開いたコミュニケーションがなかなかできなくなってくる。話すこと自体を目的とし、地球が滅びるまで面と向かって営々と話し続けることができる女性と、コミュニケーションは目的を達成するための手段であり、スポーツやゲーム、お酒など、何らかの介在がないと話しづらい男性とでは、「コミュ力偏差値」に差が出やすい



実際に、こうした要因から、定年退職後に、家に引きこもる高齢男性が激増している。別にいつも人と群れることをおススメするものでもない。趣味でもいい、近所の友人でもいい、何らかの形で社会とつながりながら、一人の時間を楽しむ準備と心構えを現役の内からしておくことが必要だろう。終活もいいけど、たまには「集活」も、ということだ。不機嫌なオジサンが減り、元気ではつらつとした楽しそうなオジサンが増えれば、日本社会を覆う閉塞感も少しは払しょくされるのではないだろうか。オジサンたちが「孤独というオリ」から解放され、動き出せば、景気だって刺激されるかもしれない。「オジノミクス」で日本を元気に! 「ウーマノミクス」の陰で、置き去りにされつつある「オジサン」セクターの活性化は日本再生のカギを握るかもしれないのである。 岡本 純子






nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感