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一首ひねった [終活]

  
わかみかな   くすんたみとり   かれきくさ




あおくそらくも   みちはるかなり




最近は寒いので、ジョギングの時間を(早朝ではなく)昼食前に変えています。



いま朝はまだ暗いですし、低気温のせいか(否、年のせいです)、時々なんか心臓が不規則と言うか、息も乱れていないのに、早鐘を打つように忙しなく鼓動する事があるので、木々が芽吹くころまでは、早朝は走らないことにしました。



いつもの遊歩道。

良く言えば欲がない、事実は身体がもう動かない、のでタイム無視の<チンタラジョグ>です。

あたりを眺めつつ、様々な暇つぶし、頭の体操をしながら・・・


その一つが創作?活動。

今回は俳句でなくて短歌。




我が身かな   くすんだ緑   枯れ木草



仰ぐ空雲   路遥かなり




(お粗末でした!)










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心の大掃除を [終活]

南洋帰りには、また年寄りには、寒さが身に染みる季節となりました。



<問題:ゾンビの体温は?・・・・答え:室温>というトンチがありますが、年と共にエネルギーを作る能力が衰えますので、寒さがこたえます。


【死】とは心臓が止まった時を言うのでしょうが、それはエネルギー(熱量)を作れなくなって体温が室温となった時と云えなくもありません。


年末の大掃除も肝心ですが、同時に心の大掃除もいたしましょう。

私としても、この一年は激動の年で、良い事も悪い事も多かった。

それらを整理整頓して、残り少ないであろう新しい年を迎えたいものです。








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Bob Dylan の挨拶 [終活]

Bob Dylan の挨拶



http://www.nikkei.com/article/DGXLAS0040006_R11C16A2000000/?n_cid=MELMG001


(↑) ディランさん「創造的努力、シェークスピアのように」
ノーベル賞受賞スピーチ(日本語訳全文)





授賞式に欠席したボブ・ディランが、送った挨拶だそうです。

今の若い世代には、騒ぎまでディランが何者なのか知らなかった人が、多数ではないでしょうか。

<ノーベル文学賞>と云うとんでもない栄誉に輝いた理由の中には、選考委員に
年配者が多いことや、ディランの歌唱に含まれる<反戦>が、現在の世相に必要なのでは・・・と判断したこともあったでしょう。

上のディランからの文面では、その事に触れていません。

当時は反戦は世界的な風潮、外せないキーワードでしたし、想像ですが、ディランは受賞により利用されることを、快く思わなかったのではないでしょうか。

また年齢的にも、いまさら感が否めなかったのではないでしょうか。

彼は、彼の生きざまを完結したいのではないでしょうか。



ディランの生きざまとは、何なのか?


私が思うには、彼が高校を卒業したその日にギターを抱えて旅に出て、田舎町をあてもなく、そして長い間放浪したように。

当初は有名になろうという気は、少なかったのではないでしょうか。

しかし、やがて時流に乗り、賞賛されて、メジャーデビューし、地位を確立し世界的なシンガーソングライターとなりました。





つまり、17歳のディランが望んだもの、原点は、<吟遊詩人>だったと思います。

そして老いた今は、吟遊詩人としての人生を完結したい。

本音はノーベル賞は興味がない。


実際、現在の彼の活動スタイルを見れば、《老いた吟遊詩人》そのものではありませんか。




以上、あくまで私見なのですが、共感するところがあります。










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金持ちにはわかるめぇ [終活]

今日はとても気分がイイ!





行きつけの激安スーパーで、一斤49円の食パンが3斤買えました。

そこは、この近辺でも食パン(もちろん低級品の食パンですが)を一番安く売っている、庶民の味方です。

(ほかにも例えば、通常価格でも、豆腐=やや小さめだが=35円、納豆45g3個パック=53円、もやし19円…もっと値の張る普通の?モノもあり、これらは低級品ですが我が家のレベルは、味より腹が膨れることが第一)



ちなみに食パンは普段でも76円。

それが賞味期限が近いという訳で、何と49円!!!

そいつを3斤もゲット。



私は幸せすぎて、自転車をこぐ足も軽くなりました。

帰って早速、奥様Mにも話して、喜びを分かち合いました。



羨ましいだろ~


この絶対的な幸福感、金持ちにはわかるめぇ~








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長生きは善か? [終活]




最近、年配者が加害者となる交通事故が、ことさらに大きく報道されている(年々件数も増えているのでしょうが)ように思います。




年寄りの運転免許に新たな規制を設けたいとか、年寄りに対する様々な待遇ランクを引き下げたいとか、何かしらこのトレンドの理由はあるのでしょう。



また、自動車メーカーが力を入れている、安全装置や自動運転もどきの"新しい車"を流行らせたい、とかの目論みもあるのかも知れません。


(少し前には、年寄りの万引きや犯罪が、大きく取り上げられたこともありましたね。)






ただ根本にあるのは、日本が高齢化社会から世界でもかつてなかった"超"高齢化社会へ、猛スピードで突き進んでいるという事実でしょう。



何かの原因で、団塊の世代が大量に世を去らない限り、頭でっかちで不自然な人口ピラミッドは続きます。



ですが、若い方々、ご安心ください。

この問題は、時が解決するでしょう。

私(=団塊世代の尾っぽ)もすでに65歳です。

あと10年もすれば団塊世代は半分ほどに減り、更にその後の10年で生き残りの数も急激に減るでしょう。


そして団塊の世代は過去の遺跡となります。




そのころの日本が明るいか暗いか、私は見ることはできません。


しかし功罪?多々ある団塊世代(私的には功9、罪1だと思っています)も、自らの意思で出現したわけではありません。


長い戦争が敗戦というカタチで終わり、日本人の、いや生き物としての種の保存の為の本能的欲求の結果ではないでしょうか。


私は、それはとても良く機能したと考えているのですが、異論のある方も多いでしょう。


ま、あと50年もすれば一応の結論は出るでしょう。





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年寄りの(冷や水)早朝ジョグ [終活]



昨日朝、5時ころジョグしました。

田舎ですから、まだあたりは真っ暗で前日の雨の水たまりもあり、何より寒かったです。

昔と違って、走りだしてもずっと寒くて・・・・。

ピッチも上がらず、ストライドも伸びないので、心拍数も上げきれず、身体が発熱しない(筋肉が失せてしまったから)のです。



言っても詮ないことですが、30年前は真冬に徹夜で走る練習もできたのに・・・

仮に、走力(行動体力)が10年で半分になるとして、10年で50%引き、それからの10年でさらに25%引き、あとの10年で12.5%引きです。

30年前と比較すれば、50+25+12.5=87.5%引きで残りが12.5%とすれば納得の数字、現状でしょうね。

身体はガタがきてますが、まだ少しは走れることに感謝すべきでしょう。

それにしても情けない・・・・

(当分は、暗いうちのジョグは止めました。)





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年寄りでも回復する [終活]

人の身体は、何歳になっても、運動したりして動かすことにより、ある程度は回復するし、筋肉さえも新生するそうです。




さる知り合いの、御年90歳になる女医さんが仰っていまして、自ら実践していました。

「いました」と過去形にしたのは、約30年前の話だからです。

当のご本人は、もしご存命なら120歳を超えているわけで・・・・(ありえない)。


ですが、全くの想像で申し上げますと。

その方は、薬漬けになることもなく、寝たきりになることもなく、生命維持装置にその身を委ねることもなく、元気に?旅立ったと思うのであります。

ある日起きれなくなり、食事が摂れなくなり、身体が弱ってしまい、数日後眠るようにお亡くなりになった。

誠に勝手ながら、私はそう思うのであります。




年をとると、あちこち具合が悪くなったり、痛くなったり面倒くさいものです。


まぁ60年も70年も使い込んだ身体ですから、車だったらとっくに動かないでしょうし、他の動物なら、もっと前、エサが自分で採れなくなった時点であの世行き、土に帰るでしょう。


私はまだ病院には行きませんが、年相応に、年がら年中痛いところは片手の指の数ほどはあります。

ま、思うに、年とればあちこちガタが来るのは当然だし、痛みがあるのは生きている証拠で、むしろありがたい事と云えなくもありません。
またガンやその他の病気は、資質的なこともあり、止むを得ない面もあります。



しかし、膝や腰、肩の痛みとか、明らかに動かさないことによる筋肉や腱の衰えが関係しているものも、多いのではないでしょうか。

日本人は健康志向の高いお年寄りが多いですが、無頓着な人々もまた多いです。







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人は2度死ぬ [終活]

何かで聞いた?ような、読んだ?ような、『人は2度死ぬ』らしい・・・・。




1度目の死はいわゆる普通の、心臓が止まって『死んだ』ということ。

で、その後に来る"2度目の死"とは・・・・・




すでにご承知の方も多いでしょうが・・・・

例えば私が死んだとします。

ま、それが、"1度目の死"ですね。

そのあとに、実は「2度目の死」があるということです。

つまり、私が死んだ後でも、私のことを知っている、例えば家族・親族、友人・知人は私のことを覚えていて、何かの折に私のことを思い出したり、気にかけてくれたりするのではないか。

なかには、言葉にして人に話したり、懐かしんだり、線香の一本も焚いてくれたり、墓参りして拝んでくれる、奇特な人物もいるかもしれません。

私のことを、誰かが覚えている年月がある。

思い出してくれる年月がある。

その意味するところは、その人の心の中ではまだ私は生きている、というわけです。


しかし、やがて私の事は、ひと様の記憶の底に沈んでいくでしょう。

あるいは、その方自身も亡くなってしまう。

人々の記憶から私が消える。


その時点で、私のこの世との係り合いが失せてしまい、私が消滅します。

これが2度目の死だそうです。

私がこの世と本当にオサラバです。


ま、考えてみれば、私はつまらない人間で友人知人も少なく、親戚家族からもあまり相手にされないし、自分勝手な人生を送ってきたので、あっという間に2度目の死が来るのではないでしょうか。


自業自得というより、むしろ望むところでもあります。      









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窃盗、暴力、性…まるで“老成”していない高齢者たちの「裏社会」 [終活]

窃盗、暴力、性…まるで“老成”していない高齢者たちの「裏社会」


(ニュース記事より)

日本人の長寿化に伴い、激増しているのが高齢者による犯罪だ。貧困や孤独だけが原因ではなく、現役時代はそれなりの地位にあった者もトラブル老人となるリスクをはらんでいる。(週刊ダイヤモンド2015年12月19日号特集「老後リスクの現実 [リアル]」より 取材・文/ノンフィクション作家 新郷由起)

 2015年11月、宮崎県で71歳の男が、飼育調査に来た県職員に激高して自宅の檻にいたニホンザルを鉄パイプで撲殺して逮捕される事件があった。15年12月2日にも佐賀県で、万引きを注意された77歳の男が逆上し、相手の男性が抱いていた生後10カ月の赤ん坊を傘の先で殴打して逮捕された。
 このところ、“老成”の沙汰とは思えない、“キレた”高齢者の暴行事件報道が続出している。大きな事件でなくとも、電車やバスの車内でケンカ腰に振る舞う、店先で無抵抗の店員へ怒声を浴びせる、暴れる等の光景は、今や「一度も目にしたことがない」という人の方が少数派だろう。粗野で乱暴な老人、自己中心的で傲慢な高齢者の暴行事例は、現代ではすでに“日常化”した感すらある。
 15年11月発表の法務省「犯罪白書」(2015年度版)によれば、14年の一般刑法犯における65歳以上の検挙人員は4万7252人。横ばい、もしくは緩やかな減少傾向にある他の年齢層を抑えて2年連続のトップとなっている。
 ここで、「高齢者数が増えているのだから、単純に犯罪の数も増えて当たり前では」と達観するのは現実に反している。

 65歳以上の検挙人員は20年前と比較して約4倍で、人口構成比では約2倍と、高齢化率をはるかに凌ぐ実態にあるからだ。罪名別でも「遺失物等横領」を除く「殺人」「強盗」「傷害」「暴行」「窃盗」の全てで著しい右肩上がりを見せており、中でも「暴行」は1995年の77人から14年の3478人と、20年間で実におよそ45倍へ急伸している。
 こうした高齢の事犯者は、「検挙しても持病等をはじめとした諸事情から留置しづらく、また不起訴となるケースも多い」と、数多の警察関係者が口を揃え、「さらに手を焼くのが、この先の人生で失うものが何一つない、いわば“最底辺”の高齢者の扱いです」と嘆息する。

「彼らはすでに今の暮らしが最低レベルのため、捕まっても捕まらなくてもうまみがあるんですよ。留守宅を荒らして窃盗に及んでも、捕捉されなければ金品が手に入り、捕捉されたら冷暖房完備の留置所や刑務所で、栄養バランスの取れた三度の温かい食事と、同じ境遇の仲間たちと過ごせる生活にありつける。どちらに転んでもいいことずくめなので、改心もしなければ更生の意思もない。捕まっても『好きなようにしてくれ』と開き直るだけで、甚だ徒労感しかありません」(警察関係者)
 年の数だけ人生経験を積んでいる分、嘘をつく頻度や程度、度胸が他の世代より上回っているのも特徴で、「反省を促して、未来を問える若年層よりも厄介」(同)なのが、もっぱらの共通認識だ。
 こうした実態に、「高齢者犯罪なんて、ごく一部の生活困窮者やステータスを持たない連中が引き起こすのだろう。蓄えもあり、家族もいる自分には無縁」と切って捨てるのは早計だ。
 実際、検挙された高齢者全体の約6割、女性に至っては8割超を占める「万引き」は、その半数以上に「暮らし向きに不自由はない」あるいは「裕福」との調査結果も散見され、「他に楽しみがないから」など、刺激を求めて常習化する類いも後を絶たず、必ずしも下位層に限った犯行でない点に高齢者犯罪の奥深さがある。
 現役警察官が吐露する。
「高齢者においては、ほとんどが『これを言ったら許してもらえるのでは』といった、誰もが分かりやすく、同情を誘う理由を口にします。『お金がない』と『寂しかった』はその最たるもので、1000万円超の貯金があっても『生活の不安』を動機に挙げた90代女性の万引き犯もいました」
 このため、高齢者犯罪では「貧困」と「孤独」が犯行の二大理由として報じられることが多いが、必ずしも鵜呑みにはできない内実があるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


(上の記事のURL)

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%aa%83%e7%9b%97%e3%80%81%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e3%80%81%e6%80%a7%e2%80%a6%e3%81%be%e3%82%8b%e3%81%a7%e2%80%9c%e8%80%81%e6%88%90%e2%80%9d%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%aa%e3%81%84%e9%ab%98%e9%bd%a2%e8%80%85%e3%81%9f%e3%81%a1%e3%81%ae%e3%80%8c%e8%a3%8f%e7%a4%be%e4%bc%9a%e3%80%8d%ef%bc%88%e4%b8%8a%ef%bc%89/ar-AAjCGKk?ocid=TSHDHP





高齢者だらけの今の日本ですから、上の記事のようなご老人の数も多くなるのでしょう。


かく申す私めももうすぐ65歳ですが、何となく記事のようなお年寄りの元気さ?が羨ましく(不謹慎でしょうが)思います。 何と言うかその、旺盛な娑婆への執着心のようなものが・・・・


ただ、記事になるくらいですから、やはり高齢者全体からすれば、異端の人々なのではないでしょうか。


少なくとも私の周りには、私の知る限りでは見受けられません。

  

いずれにしても、"終活"も様々ですなぁ。






















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必ず死ぬけど [終活]

東大教授・矢作直樹さんインタビュー(1)救急の現場から霊や神を語る




最先端の救急医療に携わりながら、霊や神といった科学の枠を超えた存在について語り、話題になっているのが東京大病院救急部・集中治療部長の矢作直樹さん(57)。仕事の性質とは相反するような思索の理由を聞いた。(藤田勝)


 ――2011年9月に「人は死なない」というタイトルの著書を出版し、その後、気功や超常現象の専門家との対談本まで出されましたね。  「最初の本は、知人の作家の出版記念会で出会った出版社社長に、個人的な関心から調べたり、考えたりしていたことを話したら『面白い。本にしたい』と勧められたのがきっかけです。タイトルは、<肉体は滅んでも霊魂は残る>という意味です。様々な霊的な現象や研究を紹介しているのでキワモノに思われそうですが、日本人古来の死生観からすれば、そんなに理解できない内容ではないと思います」  ――医師としての仕事とは関係があるのですか。  「最近、人はいつか死ぬという当然のことを忘れているように見受けられる患者さんやご家族が増えました。病院に来れば治ると思い込み、いざ死に直面するとあわててしまう。いくら医療が進歩しても死は避けられないのです。生と死についてもっと深く考えて、豊かで幸せな人生を送ってほしい。医療はサービス業の面もありますから、とにかく患者さんやご家族に少しでも満足してもらえたらと思います。それが執筆の大きな動機です」  ――なぜ死や霊に強い関心を持つようになったのですか。  「何度か、死を覚悟した経験が大きいです。小学校3年生の時に車にはねられて、病院のベッドで医師と母親の会話を聞きながら『死ぬんだ』と思いました。幸い助かりましたが、以来、死がとても身近なものになりました」  「大学では単独登山に熱中し、冬山で大きな事故を2回経験しました。最初の墜落事故では、落ち始めた瞬間に死ぬと思いました。奇跡的に助かったのに懲りず、同じ年、また冬山で滑落しました。その時も助かって下山した後、どこからか『もう山に来るな』という声が聞こえたのです。以来、ぱったりと登山をやめました。あの声は単なる幻聴だったとは思えないのです」 医療現場でも不思議な経験はありますか。  「治療がうまくいったはずの患者さんが急変して亡くなったり、逆に助からないはずの患者さんが回復したり、現代医学で説明できないことは多くあります」  「いわゆる臨死体験を患者の口から聞くこともあります。光を見た体験などを語るのです。 脳内ホルモンの作用で説明されることがありますが、それだけで説明し切れない場合もあります」  「代替医療としての気功に関心を持ち、講習に参加したことがあります。物理法則では説明がつかない力があることに衝撃を受けました」  「科学は現象のメカニズムは説明しますが、例えば、なぜ宇宙があるのか、という根源的な問いには答えません。この世界は神秘に満ち、人が知りうる部分はわずかです。欧米では著名な科学者が心霊研究に取り組んできた歴史がありますし、今も代替医療などへの関心は高いのですが、日本は明治時代に古来の思想を捨ててしまいました」  ――もっと宗教を大事にすべきということですか。  「特定の神様を信じる必要はありません。人知を超えた大きな力の存在を意識すればいいのです。 それを宗教では神と呼びますが、私はそれを『摂理』と呼んでいます。日本人はよく無宗教だと言われますが、古来、森羅万象に神々の存在を感じ、死者の霊の存在も信じてきました。そうしたすばらしい感性は、今でも残っていると思います」  「摂理によって人は生かされており、肉体は滅んでも霊魂は永遠である。亡くなった人の霊に、いつも自分は見守られている。そのように考えれば、生きている限りは感謝の気持ちを持って生きられ、死に直面してもあわてずに済むのではないでしょうか」  「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」(終わり) 矢作直樹(やはぎ・なおき)  1956年、神奈川県生まれ。金沢大医学部卒。麻酔科、救急・集中治療、外科、内科など経験し、2001年から、東大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部長。著書に「人は死なない」(バジリコ)など。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20130214-OYTEW51881/?from=yhd





死んだのちの事は、誰にも分らないことですので何でも言えるのですが、上の矢作氏のお話は興味深いです。


私自身も過去に<あんなことになったはずなのに何で無傷なのか、何で死ななかったのか>と不思議に思った経験が2.3あります。


そんなときは、やはり(何かに守られているのでは)と実感してしまいました。






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