So-net無料ブログ作成

ホ~ホケキョ [自然]

いつものジョギングコースで、ウグイスの鳴き声を聞いた。

私にとっては、今年の″初鳴き”でした。




暖かくなってから聞く『ホ~~ホケキョ!』と比べ、始めの『ホ~』の伸ばす音『~
』が短い。


『ホ~~~ホケキョ!』ではなく『ホ~ホケキョ!』


そして声量も、どことなく控えめに感じました。



それがかえって、清々しく感じました。


ウグイスを聞いたあとは、足どりも軽く感じました。


まぁ、数十秒後にはいつもの重い足どり=チンタラジョグに戻りましたが。










nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

孝行は・・・ [終活]

孝行は   あの世とやらで  いいですか




亡き父の、内輪の三回忌法要がありました。

他は兄弟夫婦たちだけの参加ですが、ウチは、まだ子供達が小さいので家族全員で出席です。

60代前後の大人たちの中に、小学生が二人。


この年になれば、こんな時しか兄弟の顔を見ることは少ないのです。

顔を見れば、否応なく子供の頃のあれこれも思い出すし、話もでます。



そしてふと脇を見れば、幼い息子たちが二人で遊んでいます。

普段、生意気で、ほとんど云う事は聞かず、世話がやけ、心配させられ、腹が立つ事ばかりで、叱る事ばかり多い息子たちです。

しかし、考えてみれば今は全員じい様になった私の兄弟も、昔はこの子らのようだった。

いや、もっとひどかったかも知れない.

人数も多かったし、よく言われるように、『今の子は可哀そう』という『昔は良かった』面も確かにある。


ですので、亡き我が父母が当時はいかに大変だったのか、改めて知らされてしまうのです。

昔のことだから、両親は『当然』のように、我ら兄弟を『普通に』育ててくれたのです。


どうやら、どうしようもないのは我が息子たちではなく、私のようです。

65歳の目で、現代の小学生を見て、あれこれ思い悩む私が間違っているのです。



つらつら思えば、私はへそ曲がりで親の言うことは聞かず、長じてからも親孝行にはあまり縁が無かった。





大変遅ればせながら・・・・とうちゃん、かあちゃん。

親孝行はもう少し先、あの世で同籍してからでも、良いですか?








nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

カゼに長ネギ [日本人]

ふとTVをつけたら、『風邪には長ネギが効く』と、さも得意げにうんちくを述べていた。




バラエティーの健康番組(日本はこの手の番組が多い)。

タレント達も『え~っ!』とか初耳風で感心しきり。


こっちこそ「え~っ!」ですよ。

その昔、母は我ら子供たちが風邪をひくと、夜、長ネギを炙(あぶ)りアツアツを手拭いで包んで、首に巻いてくれたものです。

寝ている間、ネギの香りが風の諸症状を和らげてくれました。

ウチの兄弟は皆、焼き長ネギにお世話になりました。

我が家に限らず、当時は多くの家でやっていた事ではなかったでしょうか。



  
昔の人の知恵というか、代々積み重ねてきた『経験則』のようなものが、最近科学的な裏付けが明らかになり、復活してきていることが多々あるようです。
















nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

お見事!【二四節気】 [自然]

【立春】【雨水】が過ぎ、もうすぐ【啓蟄】そして【春分】。


まもなく、家の近所の鶯も鳴き始めるだろう。



それにつけても、古来より伝わる『二四節気』はお見事です。

暑い国、寒い国、砂漠の大地では、こうはいきません。


かつて私の住んでいた、熱帯の国では、季節は夏と真夏しかなかった。

北欧では、長い冬のあと春と夏が一緒に来て、あっという間に秋が過ぎ、また冬となった。



日本の大地は、我々にこうした美しい季節の、絶え間無い変化を恵んでくれる。


下のような、しみじみとした詩も歌い継がれるわけです。

仮に達人が英訳したとして、詩の心を余すことなく伝えるには、どれほどの単語を要するのでしょうか。





早春賦

作詞:吉丸一昌
作曲:中田章



春は名のみの 風の寒さや    谷の鶯 歌は思えど    時にあらずと 声も立てず    時にあらずと 声も立てず


氷解け去り 葦は角ぐむ    さては時ぞと 思うあやにく    今日も昨日も 雪の空    今日も昨日も 雪の空



春と聞かねば 知らでありしを    聞けば急かるる 胸の思いを    いかにせよとの この頃か    いかにせよとの この頃か






nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

年寄りの温度センサーは故障かも!? [終活]

毎年夏になれば、熱中症で亡くなるお年寄りがでる。

冬になれば。凍死するお年寄りもでる。




私は何故そんな死に様になるのか、以前は理解不能でした。

ところが最近思い当たることが・・・


私は半引きこもり状態で家にいる事が多いのですが、たとえ室内が同じ温度でも、それを寒く感じたりそうでなかったり、その時々でマチマチです。

寒く感じる時には震えが止まらないこともあります。

同じ温度・湿度でも感じ方が違う。

つまり、周囲の温度を寒く・暑く感じる私の身体の温度センサーがオカシクなっていると想像します。

これを今の段階では〈不具合〉と呼べるのでしょうが、いずれ本格的な〈故障〉となるかも知れません。

周囲の温度を感じなくなるということです。

この年寄りの謂わば【温度不感症】によって、冒頭のような死に様があり得るのかも知れません。


幸い私は温度計が好きで、部屋の異なる場所に2個以上の温度計を設置しているので、以上の事に気が付きました。

もしそれらが無くて、年寄りが自分の〈体感温度〉のみを頼りに暮らしていれば、上記のことにより危険と云えなくもありません。



ご年配の諸兄には、ぜひ温度計の設置をお勧めいたします。

最近は温度計も安いですが、誤差もあるので、複数個それからデジタルとアナログの両方を置く方が良いです。



年を取るほど、体のあちこち具合悪くなることを実感する、私の今日この頃であります。






















nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

外米混入はヒドイよ [食べ物]

京山という米問屋の外米混入疑惑は、よくよく調べて、きっちり白黒つけてほしいものです。



事実であれば、社員とその家族が可哀そうです。

真面目にやっている、同業他社への裏切りです。



そもそもは、日本の米の値段は諸外国に比較して高い。

我々日本人が、それでも国産米を好んで食べる理由は、美味しさと安全性、日本産であること、ではないでしょうか。

最近は日本品種のコメが他国で作付けされ、味に関しては、日本産のコメとさほど変わらない米も作られています。

しかし、旨さだけでなく土壌汚染や農薬の怖さもあり、日本人は日本米を選ぶのです。

日本品種の外米を混ぜられたら、ちょっと素人では味の違いは分かりにくいでしょう。

大手問屋さんとしては、外米を混ぜれば利益はグンと増すので、その誘惑は強いと思いますが、絶対してはいけないことで悪質です。

利益至上主義で、同胞を騙すことは許されるべきではないでしょう。



輸入規制や関税の問題もあるでしょうが、外米は【どこの国の外米】と表示して、安く売ればいいのです。

味が大差なく、安全性も保障されれば、買う消費者は多いと思います。










nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:グルメ・料理

泣けるぜ、この本 [出来事]





私の場合はーーーーーー

本は寝床で読む・・・年寄り性?不眠症には最適なので。

本は図書館で借りる・・・書店には申し訳ないが便利です。



最近見た本で、眼尻から時折しずくが滴ったのが・・・・


そこそこ古いし読んだ方も多いと思いますが、浅田次郎の『壬生義士伝』(みぶぎしでん)です。

主人公はあの新選組の一人で吉村 貫一郎という人。



私としては速いペースで読み終えました。

小説は、云ってみれば作り話です。

しかし、たかが小説、されど小説でした。

浅田次郎という人はストーリーテラーとして優れている、という思いを更に持ちました。

年寄り性?不眠症の方で、まだ読んでいない諸兄にはお勧めいたします。

所詮フィクションかも知れませんが、主人公の生き様と死に様に共感しました。










一匹の番犬 [終活]

我が家には番犬が一匹いる。




人間でいえば60代中ごろの年寄り。

しかし、年の割によく働く。

あまり眠らない。

もし寝ていても、小さな物音にさえ反応して起きる。

そのまますぐに、走り出すこともできる。

以前は気難しく怒りっぽかったが、今は大人しく、むしろ気が弱くなってきて滅多に吠えない。

食事も贅沢は言わない、我が家の家計からして、必然と言えば必然だが。

高級なドッグフードなど見向きもせず、人間用の、しかも安価な食物で満足している。

買い物と散歩のとき以外は、家を守っている。

ちょっとだらしないのは、毎日夕方から酒を喰らう事。

ただしこれも安酒のみ。


・・・・


・・・・


・・・・申し遅れましたが、番犬のような私であります。












nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

歩きより遅い走り [運動]

前回のジョグのときです。



後半、遊歩道の横道から私の前方10mに、ウオーキングの人が入ってきました。

そこから約2.5キロ、遊歩道が終わるまでその差は変わらなかった・・・・切なくなりました。

いくら無理しないスロージョグとは云え、いくら年寄りとは云え、こっちは❝走り❞向こうは❝歩き❞です。

情けないったら、ありゃしない。




神様、そりゃないでしょ。



確かに相手はスリムな長身、見たところ30代前半でしたが・・・・

うつ気味・引きこもり気味、不眠症の年寄ですが、なるべく「元気に死にたい(?)」と願って走っているのに、運命にギャフンと言わされました。









nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

死んでも生きている [終活]

最近、行き詰ったとき、難しい判断を迫られたとき、迷ったときなど・・・(こんな時、父ならどうした?)と思い巡らすことがたまにあります。

若い頃なら、心酔していた人とか、尊敬する人とか、この場合あの人ならどうするだろう?と思い浮かべることもありました。


今は相手が父に取って代わりました。

私の父は昔の″家長″を絵に描いたような人で、近寄りがたく気難しく、今風の″トモダチ親子″関係とは正反対でした。

当時はそれが当たり前で、いわゆる『地震・雷・火事・オヤジ』の厳格で恐いオヤジでした。

ですから若い頃は、触らぬ神に祟りなしで、間隔を空けて接していたように思います。

私はへそ曲がりのロクデナシで父には反発するばかりで、学校を出てからはほとんど近寄らない、父にしてみれば不肖の息子だったと思います。


それが、私も還暦を過ぎ、数年前に父が亡くなってから、言ってみれば「父の生きざまを心の拠りどころとする」ようになった気がします。



親子とは不思議なものですね。

父は、居た時より居なくなってからの方が、私に影響を与えているようです。





以前、〈人は二度死ぬ〉という拙い記事(↓)を載せました。

http://t2mary.blog.so-net.ne.jp/2016-11-15


先年逝ってしまった私の父は、そういった意味では死んでいません。

今も元気に生きていて、生きている者たちを見守っているのでしょう。



そして父の足元にも及ばない私は、父の偉さが身に染みる今日この頃であります。








nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感
メッセージを送る