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三笠宮さまがご逝去 [日本人]

100歳だったそうで、天寿を全うされたのだと思います。

ご冥福をお祈りいたします。


これで昭和天皇の御兄弟は、皆様お亡くなりになりました。

我が日本の誇る皇室も、世代の節目、ひと区切りという事でしょうか。


ひとつ気になるのは、これで皇室の方々は19人、うち皇位継承権を持つ男性は4人のみということです。

たいへん畏れ多い言い方ですが、皇室も少子化ですか。

下々としては寂しい限りです。

せめて皇室くらいは、子沢山で繁栄してほしいものです。

小子化著しい国民に、範を垂れていただければと不遜ながら考えます。

ご承知のように、このまま行けば、日本人は減る一方で、国家存続のための選択肢は限られてきます。

たとえ貧しくとも、兄弟が多い、親戚が多い、これは良い事じゃないでしょうか。



もし選べるなら、私はこ綺麗な家に一人で住むより、粗末な安普請に大家族で暮らしたいですね。

これも時代遅れ、ジジイの世迷言でしょうか?







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必ず死ぬけど [終活]

東大教授・矢作直樹さんインタビュー(1)救急の現場から霊や神を語る




最先端の救急医療に携わりながら、霊や神といった科学の枠を超えた存在について語り、話題になっているのが東京大病院救急部・集中治療部長の矢作直樹さん(57)。仕事の性質とは相反するような思索の理由を聞いた。(藤田勝)


 ――2011年9月に「人は死なない」というタイトルの著書を出版し、その後、気功や超常現象の専門家との対談本まで出されましたね。  「最初の本は、知人の作家の出版記念会で出会った出版社社長に、個人的な関心から調べたり、考えたりしていたことを話したら『面白い。本にしたい』と勧められたのがきっかけです。タイトルは、<肉体は滅んでも霊魂は残る>という意味です。様々な霊的な現象や研究を紹介しているのでキワモノに思われそうですが、日本人古来の死生観からすれば、そんなに理解できない内容ではないと思います」  ――医師としての仕事とは関係があるのですか。  「最近、人はいつか死ぬという当然のことを忘れているように見受けられる患者さんやご家族が増えました。病院に来れば治ると思い込み、いざ死に直面するとあわててしまう。いくら医療が進歩しても死は避けられないのです。生と死についてもっと深く考えて、豊かで幸せな人生を送ってほしい。医療はサービス業の面もありますから、とにかく患者さんやご家族に少しでも満足してもらえたらと思います。それが執筆の大きな動機です」  ――なぜ死や霊に強い関心を持つようになったのですか。  「何度か、死を覚悟した経験が大きいです。小学校3年生の時に車にはねられて、病院のベッドで医師と母親の会話を聞きながら『死ぬんだ』と思いました。幸い助かりましたが、以来、死がとても身近なものになりました」  「大学では単独登山に熱中し、冬山で大きな事故を2回経験しました。最初の墜落事故では、落ち始めた瞬間に死ぬと思いました。奇跡的に助かったのに懲りず、同じ年、また冬山で滑落しました。その時も助かって下山した後、どこからか『もう山に来るな』という声が聞こえたのです。以来、ぱったりと登山をやめました。あの声は単なる幻聴だったとは思えないのです」 医療現場でも不思議な経験はありますか。  「治療がうまくいったはずの患者さんが急変して亡くなったり、逆に助からないはずの患者さんが回復したり、現代医学で説明できないことは多くあります」  「いわゆる臨死体験を患者の口から聞くこともあります。光を見た体験などを語るのです。 脳内ホルモンの作用で説明されることがありますが、それだけで説明し切れない場合もあります」  「代替医療としての気功に関心を持ち、講習に参加したことがあります。物理法則では説明がつかない力があることに衝撃を受けました」  「科学は現象のメカニズムは説明しますが、例えば、なぜ宇宙があるのか、という根源的な問いには答えません。この世界は神秘に満ち、人が知りうる部分はわずかです。欧米では著名な科学者が心霊研究に取り組んできた歴史がありますし、今も代替医療などへの関心は高いのですが、日本は明治時代に古来の思想を捨ててしまいました」  ――もっと宗教を大事にすべきということですか。  「特定の神様を信じる必要はありません。人知を超えた大きな力の存在を意識すればいいのです。 それを宗教では神と呼びますが、私はそれを『摂理』と呼んでいます。日本人はよく無宗教だと言われますが、古来、森羅万象に神々の存在を感じ、死者の霊の存在も信じてきました。そうしたすばらしい感性は、今でも残っていると思います」  「摂理によって人は生かされており、肉体は滅んでも霊魂は永遠である。亡くなった人の霊に、いつも自分は見守られている。そのように考えれば、生きている限りは感謝の気持ちを持って生きられ、死に直面してもあわてずに済むのではないでしょうか」  「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」(終わり) 矢作直樹(やはぎ・なおき)  1956年、神奈川県生まれ。金沢大医学部卒。麻酔科、救急・集中治療、外科、内科など経験し、2001年から、東大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部長。著書に「人は死なない」(バジリコ)など。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20130214-OYTEW51881/?from=yhd





死んだのちの事は、誰にも分らないことですので何でも言えるのですが、上の矢作氏のお話は興味深いです。


私自身も過去に<あんなことになったはずなのに何で無傷なのか、何で死ななかったのか>と不思議に思った経験が2.3あります。


そんなときは、やはり(何かに守られているのでは)と実感してしまいました。






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秋だな~ [自然]

ついこの間まで、草むらや土手のあちこちに彼岸花(曼珠沙華)が咲いていました。




その赤く怪しい花が、時を測ったように、カレンダーのお彼岸の終わりと共に、消えてしまいました。

それが秋の始まりの合図だったのでしょうか。

今はススキが目立つようになりました。



日本の皆様方には、当たり前に映る毎年の四季の移ろいですが、常夏の島から、20年ぶりに復帰した南洋ボケ老人(=私)にすれば、秋の訪れはたいへん新鮮です。

日本人で良かった。

経歴上、寒さは大変苦手ですが、冬も味わえるように、これから心身を整えるべく精進いたします。

いずれ春は来るのでしょうから。








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テレビがつまらなくなっていた [日本]

20年ぶりに日本に戻る楽しみのひとつだった、<日本のテレビが見れる!>。

期待したんだけど、昔よりつまらなくなったと感じる。

それは自分が年とって古くなったせいもあるのでしょうが、バラエティー、ドラマ、ニュース報道、お笑い、朝飯時や昼飯時のMCの居る長時間の帯番組?、そのほか、5分も見ればスイッチをオフすること頻繁です。

煩くなった放送コードや自主規制などもあるでしょうし、不景気で世の中がギスギスしていることも影響しているのでしょう。              

理由は様々あるのでしょうが、今後もTV離れは着々と進むのではないでしょうか。

個人的には、例えばニュースはネットのニュースを見た方が面白いです。

私らの世代は、大宅壮一氏が『1億総白痴化』と宣ったテレビの黎明期から最盛期までを、生きてきたように思います。

諸行無常、これも時代の流れのひとつなのかも知れませんが、若い人達は昔のテレビを知らないわけですから、「つまらなくなった」なんて団塊世代のミソッカスの私が思っても、詮無いことではあります。








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やったね!ボブディラン! [出来事]

ノーベル文学賞だって。

驚いたね、ビックリしたよ。


村上春樹氏には悪いけど、個人的にはボブディランで賛成です。

もし若い頃の本人だったら、ノーベル賞なんてあまり喜ばないかもしれないけど、70過ぎの今ならどうでしょうか。
言い方悪いけど、冥土の土産ができたのではないでしょうか。


ラジオやレコードでディランの唄を聞いて、歌詞カードを見て、英和辞書を見て、(どういう意味なんだと)頭をひねったり、妙に納得したりしたものです。

日本だと、陽水さんの詩がやはり芸術性が高いと私は思うけど、ノーベル文学賞はちょっと無理かな。


まぁ、いずれにしても、私らシニア世代はディランと同じ時代の空気を吸ったわけで、感無量です。

若い方々には、ディランの唄、あまりピンと来ないでしょうね、きっと。

世は歌につれ、歌は世につれ・・・ってことでしょう。








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『お父さん』はなかった [日本]

最近読んだ本によれば、昔は『お父さん、お母さん(おとうさん、おかあさん)』という言葉は無かったらしい。

その言葉は、明治33年に国定教科書を作成する際、全国統一の呼び名として定められたということらしいのです。

だから、時代劇などで『おとうさん』だの『おかあさん』だの使うのは、誤りだそうです。

ま、考えてみれば、すでに昭和の時代ですが私の家でも、「おとうちゃん」「おかあちゃん」でした。

それまでは、「おとっつぁん」「おっかさん」が多かったようですが、地方により時代により、呼び方は様々だったとのことです。




今は『パパ』『ママ』が主流ですか。

私の頃は、そんな風に両親を呼ぶ家は、少なくとも知り合いにはいませんでしたが。

『パパ』『ママ』もいつ頃からなんでしょうね。


それから、「おやじ」はいいとして、「おふくろ」の<ふくろ>というのは、どこから来たんでしょうか?

イメージとして、母親というのは、いかにも<ふくろ・袋>という気がします。

言い得て妙ということでしょうな。







秋休み?だって [日本人]

世の中が移り行くのは常の事でしょうが、‟秋休み”は知らなかったです。



ウチの小学生二人の通う小学校、‟秋季休業”だそうで・・・

(5日間ですが、土日と祝日が1日が含まれているので、実質は2日間か?)


それにしても。私の頃は春休み、夏休み、冬休みはあったけど、『秋休み』は無かった。

『秋休み』は、いつからできたのでしょうか?




しかし、かなり前から土曜日は休みになるし、秋休みなんて新設されるし、個人的にはちょっと甘やかしすぎのような気が・・・

こんなことで日本の未来は大丈夫なのか、世界と勝負できるのかなんて、余計な事を心配する私は、やはり時代遅れ=年寄りでしょうね。








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アツイのは平気 [移住]

きょうは台風の影響か、10月としては記録的な暑さだったとか・・・

私にしてみれば、ここのところ、寒さがつのって些か気が滅入っていたのですが、きょうは気温が上がってストレスが減りました。


結局、千葉の田舎の夏程度の暑さでは、私はエアコンが必要なくて、我が家のオンボロエアコンは、この夏一度もスイッチオンなしでした。

20年間のフィリピン田舎生活の後遺症でしょう。

夏場のニュースなどで『東京も強烈な日差しで・・・云々・・』なんて言っていましたが、フィリピンの日なたに比べれば、別にどうという事もなく、私は"快適"でした。


寂しいことに、この台風が行き過ぎれば、またゆく秋が訪れそうで、心身共に若干憂うつです。


日本の気温に慣れるまで、どのくらい掛かるのでしょうか。


生まれて40以上も慣れ親しんだ、我が祖国の気候なのに・・・・


今少しの辛抱でしょう。







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